件の狸の横に座っておりました
同じく信楽のカエル君
幸か不幸か 目が合っちまって
10秒ほど にらめっこした後
ワタシの家の玄関に
引っ越すことになりました
厳密に言えば設楽は
滋賀県なんだけど
まずまず近いから
京のお土産ものの仲間入り
をしている
このなんともヒョーキンな
狸さんなんか
かわいらしかったな
白い和傘を三つ並べれば
いやでも目に留まる
二年坂入り口(清水側)の
喫茶店 我楽苦多
実は今回も素通りで
失礼してしまいました
次回は必ずお邪魔します
暖簾が立派過ぎて
店に入るのを忘れちゃった
小物屋ってかいてあるから
和装小物のことであろう
この町は 古い町なのに
しかしその古さゆえ
世界中から若者が集まって
実におしゃれな町になっている
まあ坂の名前の由来は
あとで調べていただくとして
界隈をぶらぶらしてみると
ふしぎと肩の力が抜けていく
人は確かに多いけれど
時間はゆったりと過ぎていく
この がま口も京都ならではの
手工芸品である
寺社仏閣だけでなく
所謂お土産という切り口で
京都を歩いてみるのも
悪くない
思っている以上に
奥の深さ 懐の深さを感じる
そもそも京都で考案された
お菓子なんだそうな
---知らなんだ---
個人的には このきんつばを
焼いているピッカピカの
銅の板に魅力を感じたりして
京都清水産寧坂
イノダと言えば泣く子も黙る
かどうかは判らないけど
創業1940年
京都屈指の老舗喫茶珈琲店
(実は京都では若い方だが)
こういった本格的喫茶店に
入るのは久しぶりである
観光地にありがちな
粗雑さや横柄さが微塵も
感じられないという一点だけで
老舗の風格が感じられた
概して京都のお店は
接客が優れている
珈琲を飲んで
サンドイッチを食べて
店を出たときは
なんとなく幸せな気分になれた
門前の八ツ橋屋さん
真ん中の営業のお兄ちゃんが
「当店は京都で最も古い
八ツ橋のお店です」 って
言っておりました
あとで調べたら
元禄2年(1689年)開業だって
いやはや古さもケタ違い
そんときの舞台にどれだけ
人が居たかっていうと
これくらい
常時 人が流れていてこの人数
であるからして
世界屈指の観光地であることは
間違いない
それにしてもこの木造の舞台は
頑丈に出来ている
三連休でもあることだし
どこかに行こうと思い立って
京都に行ってきた
我が家から南海とJRと京阪を
乗り継いで2時間弱
ぶらぶらと清水に向かうと
何かのイベントがあるようで
妙に人が多い
舞台の本殿に進むと
怪しげな仮面をつけた女性とか
灰色の服を身に纏った男性が
何かの儀式をしていた
家に帰って調べてみると
青龍会(せいりゅうえ)と呼ばれる
観音様の化身である
龍を奉る法事で
なんと平成になってから
始まった行事
格式と伝統の上に安住せず
新しい法事を企画するなんて
さすが 京都
上の女性は夜叉
下の灰色軍団は十六善神
他にも法螺を吹く人とか
主役の龍とか出ていました
が
人の多さが半端ではないのと
写真取る人間が根性なしなので
今年のシーンはこれだけ
来年はお水取りなんかも
気合入れて撮りたいと思う
うーーーん
如何わしいと言えば
確かに そうなのだが
立派に街角アートしている
といえば
まあ それもアリ
今夏の山岳事故,発生件数・
遭難者数とも過去最悪.
40歳以上の中高年遭難者が
7割弱占める.
・・・最も初歩的な統計を
装ったウソ・・・
横浜は山手の根岸森林公園
ゴルフ場ではありません
普通の緑地公園です
『じょーだんだろ!』って言うくらい
美しく整備されておりました
隣接する米軍住宅施設と
無縁ではないと
思いました
一見 何の変哲もないような
いわゆる一つの街角アート
な ん だ け ど
この位置から
見上げられることが
予め分っていたかのごとく
絶妙なパースペクティブが
与えられている
対面するホテルが
また良い位置にあるね
ところ変わってこの国の
新宿の壁画
正確に言うと壁に巨大な
絵画のシールが貼ってある
泣けてくるのは この画の中に
非常電話のボックスと
配電盤が仕込んであること
こういった芸の細かさというか
執念深いこだわりは
私たちのお家芸なんだろうな
念のために申し添えますが
前の写真と比べるのは
良い悪いの問題ではなくて
価値観の相違であるということ
ここまでやることに
何の価値があるかと問われれば
けだしそのとおりであろう
一方で我々の最後の拠り所かも
知れないけどね